輪廻モラトリアム
འཁོར་བ་というチベット語は通常「輪廻」と翻訳されるが、厳密にはその中に二つの意味が含まれる。一つは人間の住む世界や地獄や天界といった環境世界の意味であり、もう一つは業と煩悩によって形成された五取蘊の意味である。前者は「輪廻世界」、後者は「輪廻的存在」あるいは「輪廻的生存」とでも訳せようか。『蔵漢大辞典』などに見られるこのような解釈は、一つのスタンダードな解釈である。
しかし、チャムパ・トゥンドゥプ師は違った解釈を示している。師によれば、འཁོར་བ་という語は五取蘊(「輪廻的存在」「輪廻的生存」)のことのみを指しており、有情が住む環境世界はའཁོར་བ་ではない。つまり、チャムパ師は「輪廻」という語を「輪廻的存在」「輪廻的生存」の意味に限定するのである。さらに、師によれば、五取蘊と環境世界の両者を包摂する概念がある。すなわち、འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་と呼ばれるものである。これを仮に「輪廻世界全体」と訳すことにする。
以下は1月22日のチャムパ師の講義での質疑応答の要約である。
* * *
(チャムパ師:)「苦しみ」には三種のものがあります。その中で、中士の修行者が特に学ばなければならないのは「行苦」と呼ばれるものです。行苦とはこの輪廻世界全体(འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་)に遍在する苦しみのことです。輪廻世界に存在するもの全て自発的に生じたのでもなければ、創造神やブラフマンによって作られたのでもなく、有情の持つ煩悩や、それによって動機付けられて行なわれた業によって形成されたものです。輪廻世界に属するものはいずれも、業と煩悩に支配されたものであるという観点から「苦しみ」であるといわれます。
(質問:)འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་とはどのような意味ですか?
(チャムパ師:)輪廻世界に存在する一切のものを指しています。有情の心身を構成する「五蘊」だけでなく、財産、家屋、衣服、食物といった、業と煩悩によって形成された全てのものがའཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་です。
ここで「輪廻(འཁོར་བ་)」という言葉の用い方に注意して下さい。「輪廻世界全体(འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་)」というのは、有情だけでなく、有情が暮らしている環境世界の一切を含む概念です。それに対して、単に「輪廻(འཁོར་བ་)」と言う場合、それは有情の心身の内部にある苦諦(ནང་གི་སྡུག་བདེན་)のことを指します。例えば有情が住んでいる場所(家屋など)は輪廻世界の一部でありますが、「輪廻」ではなく、「内的な苦しみ」でもありません。
(質問:)少し良く分かりません。例えば人々が暮らしている住居は、業と煩悩を原因として形成されたものですから「輪廻世界全体」の一部ですよね。住居は「苦諦」なのですか?
(チャムパ師:)その通りです。それも「苦諦」です。
(質問:)住居は「内的な苦しみ」ではないですよね。
(チャムパ師:)はい。それは「外的な苦しみ」です。
(質問:)話を整理させて下さい。まず、この世界には「輪廻」であり、かつ「苦しみ」でもあるものがあるわけですよね。次に、「輪廻」でもなければ「苦しみ」でもないものがあります。
(チャムパ師:)はい。無漏法である道諦と滅諦がそうです。虚空もまたそうです。
(質問:)「輪廻」であるが「苦しみ」でないものはありますか?
(チャムパ師:)ありません。
(質問:)「苦しみ」であるが「輪廻」でないものはありますか?
(チャムパ師:)あります。有情の心身の外部にある苦しみがそうです。「輪廻」と「内的な苦諦」は同延の関係にあります(འཁོར་བ་དང་ནང་གི་སྡུག་བདེན་དོན་གཅིག་)が、苦諦であるものは必ずしも輪廻であるとは限りません(སྡུག་བདེན་ལ་འཁོར་བས་མ་ཁྱབ་)。人が住む住居などは「輪廻世界全体」の一部でありますが、「輪廻」ではありません。「輪廻世界全体」に含まれるものは必ずしも「輪廻」ではないのです(འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་ཡིན་ན་འཁོར་བ་ཡིན་དགོས་ཀྱི་མི་འདུག་)。


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