February 01, 2010

輪廻モラトリアム

 འཁོར་བ་というチベット語は通常「輪廻」と翻訳されるが、厳密にはその中に二つの意味が含まれる。一つは人間の住む世界や地獄や天界といった環境世界の意味であり、もう一つは業と煩悩によって形成された五取蘊の意味である。前者は「輪廻世界」、後者は「輪廻的存在」あるいは「輪廻的生存」とでも訳せようか。『蔵漢大辞典』などに見られるこのような解釈は、一つのスタンダードな解釈である。
 しかし、チャムパ・トゥンドゥプ師は違った解釈を示している。師によれば、འཁོར་བ་という語は五取蘊(「輪廻的存在」「輪廻的生存」)のことのみを指しており、有情が住む環境世界はའཁོར་བ་ではない。つまり、チャムパ師は「輪廻」という語を「輪廻的存在」「輪廻的生存」の意味に限定するのである。さらに、師によれば、五取蘊と環境世界の両者を包摂する概念がある。すなわち、འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་と呼ばれるものである。これを仮に「輪廻世界全体」と訳すことにする。
 以下は1月22日のチャムパ師の講義での質疑応答の要約である。

  * * *

(チャムパ師:)「苦しみ」には三種のものがあります。その中で、中士の修行者が特に学ばなければならないのは「行苦」と呼ばれるものです。行苦とはこの輪廻世界全体(འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་)に遍在する苦しみのことです。輪廻世界に存在するもの全て自発的に生じたのでもなければ、創造神やブラフマンによって作られたのでもなく、有情の持つ煩悩や、それによって動機付けられて行なわれた業によって形成されたものです。輪廻世界に属するものはいずれも、業と煩悩に支配されたものであるという観点から「苦しみ」であるといわれます。

(質問:)འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་とはどのような意味ですか?

(チャムパ師:)輪廻世界に存在する一切のものを指しています。有情の心身を構成する「五蘊」だけでなく、財産、家屋、衣服、食物といった、業と煩悩によって形成された全てのものがའཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་です。
 ここで「輪廻(འཁོར་བ་)」という言葉の用い方に注意して下さい。「輪廻世界全体(འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་)」というのは、有情だけでなく、有情が暮らしている環境世界の一切を含む概念です。それに対して、単に「輪廻(འཁོར་བ་)」と言う場合、それは有情の心身の内部にある苦諦(ནང་གི་སྡུག་བདེན་)のことを指します。例えば有情が住んでいる場所(家屋など)は輪廻世界の一部でありますが、「輪廻」ではなく、「内的な苦しみ」でもありません。

(質問:)少し良く分かりません。例えば人々が暮らしている住居は、業と煩悩を原因として形成されたものですから「輪廻世界全体」の一部ですよね。住居は「苦諦」なのですか?

(チャムパ師:)その通りです。それも「苦諦」です。

(質問:)住居は「内的な苦しみ」ではないですよね。

(チャムパ師:)はい。それは「外的な苦しみ」です。

(質問:)話を整理させて下さい。まず、この世界には「輪廻」であり、かつ「苦しみ」でもあるものがあるわけですよね。次に、「輪廻」でもなければ「苦しみ」でもないものがあります。

(チャムパ師:)はい。無漏法である道諦と滅諦がそうです。虚空もまたそうです。

(質問:)「輪廻」であるが「苦しみ」でないものはありますか?

(チャムパ師:)ありません。

(質問:)「苦しみ」であるが「輪廻」でないものはありますか?

(チャムパ師:)あります。有情の心身の外部にある苦しみがそうです。「輪廻」と「内的な苦諦」は同延の関係にあります(འཁོར་བ་དང་ནང་གི་སྡུག་བདེན་དོན་གཅིག་)が、苦諦であるものは必ずしも輪廻であるとは限りません(སྡུག་བདེན་ལ་འཁོར་བས་མ་ཁྱབ་)。人が住む住居などは「輪廻世界全体」の一部でありますが、「輪廻」ではありません。「輪廻世界全体」に含まれるものは必ずしも「輪廻」ではないのです(འཁོར་བའི་ཕུན་ཚོགས་ཡིན་ན་འཁོར་བ་ཡིན་དགོས་ཀྱི་མི་འདུག་)。

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January 31, 2010

The Hopkins Tibetan Treasures Research Archive Website

The Hopkins Tibetan Treasures Research Archive Website
http://haa.ddbc.edu.tw/archive.php

Safariを利用する場合、「構成ファイル一覧」を開き、optionキーを押しながら該当のファイルをダブルクリックすれば音声ファイルをダウンロード可能。

関連サイト
http://www.uma-jeffreyhopkins.com/

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December 05, 2009

見上げた空とディグナーガ

ロウォケンチェン・ソナムルンドゥプ作『学者入門釈・明処を解明する魔法の鏡』からの引用(dpal ldan sa skya pa'i gsung rab, pod drug pa, p. 501ff.)。

  * * *

こうした振る舞いをされたので〔ディグナーガの〕お心はひどく掻き乱された。
「このような下劣な人は教誡を受ける器でないので、彼らのためには三阿僧祇劫といった〔長い時間〕が必要である。それよりも、私自身が速やかに阿羅漢果を現証することにしよう」
とお考えになり、繰り返し書き記すのに用いた白墨(kha ṭī ka, Skt. खटिक)(*1)を空に放り投げた。「これが地面に落ちたら私はもう声聞だ」
と仰った。すると、彼〔ディグナーガ〕のお考えを守護尊であられる至尊文殊師利はお知りになり、自身の眷族に囲まれたままに天上界の宮殿で白墨をつかみ取り、そこに居続けた。

彼〔ディグナーガ〕は白墨が落ちてこないので上を見上げてみると、この不可思議な光景をご覧になった。聖者〔文殊師利〕は仰せになられた。
「善男子よ、このようなことで心がぐらつき、劣悪な気持ちを起こすようなことをしてはならない」
これに答えて〔ディグナーガは〕以下のことを申し上げた。
「聖者よ、私の心は下劣な振る舞いを前にして恐れおののき、揺らいでいる。あなたのような真の善知識が私を止めないでくれ。この輪廻の苦しみも実に耐え難い。人々は悪行に進む者ばかりなのだから」
これに答えて〔文殊師利は〕仰った。
「善男子よ、よしたまえ、よしたまえ。小乗〔の考え〕に触れて悪しき心が起こるようならば、〔仏〕地を得るまでの間、私は君の善知識になることにしよう。君のこの〔論理学〕体系を他の異教徒が批判することはできないであろうし、これは後世に至るまで全世界の唯一の眼となるであろう」
このように仰って、〔ディグナーガの論理学体系は〕文法学と論理学の両者に通じた学者達の「眼」であると言ったのである。また、「君は…なるであろう」と仰っていることから、〔上の言葉は〕この軌範師が成仏を果たすことを予言したもの(授記)である。

このようなことから、その偉大なお方〔ディグナーガ〕は安心して喜んだ。そして、かの〔文殊師利〕のお言葉通りに成就することにしようとお考えになり、その大論書〔『集量論』〕の全体を著述した。そして、「私のこの〔作品〕はとても素晴らしいので学者達も喜んでくれるであろう」とお考えになり、あらゆる僧院を渡り歩いた。

その際、「もし〔本書で述べたことが〕宜しいならば皆が受け入れ、〔本書を〕幡幢の頂きに結わえつけて礼拝するであろう。また、講義も数多く行なうことにしよう。もし宜しくないならば〔本書を〕倉庫にしまうか、犬のしっぽに結わえつけて家々の間の路地や商店などを歩き回らせるがよい」〔とお考えになったの〕であるが、この論書は非常に奥深い内容であるため難解であり、〔妥当な認識の〕本性、数、活動領域などに関して他学派の誤解を退けていることで有名であったので、学者達は皆よしとしなかった。軌範師〔ディグナーガ〕のことを「うすばかナーガ(mun pa'i glang po)」と呼び、論書〔『集量論』〕のことを『集誤解論(log rtog kun las btus pa)』と呼ぶのであった。

*1 『プトゥン仏教史』はrdo thal、『明処全知釈』はthod le korとする。

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December 01, 2009

焼け野原にディグナーガ

ロウォケンチェン・ソナムルンドゥプ作『学者入門釈・明処を解明する魔法の鏡』からの引用(dpal ldan sa skya pa'i gsung rab, pod drug pa, p. 499ff.)。

  * * *

その後、〔師ディグナーガは〕ご自身の小さな著作群を一つにまとめたいとお考えになり、仏教の学説を確立して異教徒の四つの誤解などを退けるために『集量論』〔を著作しようとなさり〕、
  「量となられたお方、衆生の利益を望むお方、
  説法師、善逝、救済者〔である仏陀〕に敬礼します。
  量を確立するために、自己の諸体系をまとめ、
  散在する事柄を本書で一つにしてみます。」
という〔冒頭の〕帰敬偈を石版のおもてに記しておいた。その時、その偉大なお方〔ディグナーガ〕の利他心の力と、これから語られようとしている論書の持つ効力とによって大地は揺れた。

さて、南インドのヴィンディヤ山に異教徒の説法師ジャヤクニ(dzā ya ku ni)(*1)という神通力を具えた者がいた。彼はそのような事態について吟味すると、この論書の力〔によるもの〕であると知り、もし作品が完成したならば非仏教の教えは名前すらも残らなくなってしまうと考えた。そして、まさにその場所から〔神通力を用いて〕手を伸ばし、〔石版にかかれた文字を〕消してしまった。

彼〔ディグナーガ〕が托鉢から戻り帰宅すると、文字が見えなくなっていたので、再び書き記したが、それを二度、三度にわたって彼〔ジャヤクニ〕は消した。その後、再度それを書いたときに
「私の書いたこれを消すのは一体いかなるわけがあるのか。もし冗談などのつもりで消すのならば、どうか消さないでくれたまえ。私の書くこれには特別な目的があるのだ。それとも嫉妬や怒りに駆られて消すのであろうか。もしそうであって私と議論する覚悟があるなら、ここで待っていたまえ。我々は議論をしようではないか。もし議論する覚悟がないなら、文字を消すことに何の得があるのか。〔文字だけは消すことができても〕私が〔自分の頭の中で〕個人的に考える智慧のはたらき(自内証)を消すことはできないのだから」
と書き記しておいた。

すると「その程度のことならできるであろう」とジャヤは思い、「議論など造作ないことだ」と慢心して、自分の長髪でその森を埋め尽くすようにして待っていた。そして、軌範師〔ディグナーガ〕が到着し、そのような様を見た後、帰敬偈を消したわけを尋ねた所、
「怒りの気持ちから消したのだ」
と〔ジャヤクニは〕答えた。
「ならば、私と議論をする覚悟かね」
と仰ると、
「議論をする覚悟があるからこそ、ここで待っていたのだ」
と答えた。軌範師〔ディグナーガ〕は仰った。
「我々は意味もなく議論したところ一体何になろうか。双方の教義の違いをはっきりさせておき(*2)〔いずれか優れている方を選ぶ〕べきだ。それゆえ、もし君が勝利したら私は〔バラモン教に改宗して〕長髪にする(ral pa 'dogs)ことにしよう。もし私が勝利したら君は説法師であるこの世尊の教え(仏教)のもとで出家したまえ」
このように仰ると、彼も「その通りにしよう」と言った。

そして、彼が議論をふきかけた。
「君の言葉に『量となられたお方』とあるけれども、そうした一切知者が存在することは何を根拠に確立されるのかね」
彼〔ディグナーガ〕は、そのような者が以前にも現れ、今後も現れるであろうことを論証する根拠をそれぞれ提示した。これを彼は論駁できず、その〔ジャヤクニの見解〕は全て彼〔ディグナーガ〕によって論駁されたので、いずれの定説が勝っているかは理解することができた(*3)。しかし、彼は執着という悪霊によって汚されていたので、どうしてもこの教え(仏教)に入ることができず、なおもこう思った。
「ブラフマン等々に随順する私には力もあり、無数の超能力さえ持っている。それなのに、なぜゴータマの教えなんぞに入らなければならないのか」
彼は肛門から炎を吹いて森を全て焼き払い、軌範師〔ディグナーガ〕を焼け野原の中に放り込むと、自分自身は空へ飛んで行った(*4)。

*1『プトゥン仏教史』によればこの人物名はNag po thub rgyal。タクツァン・ロツァーワの『明処全治釈』によればThub rgyal nag po。「ジャヤクリシュナ」か?
*2 gyer du 'jog とあるが、gyang du 'jog の誤植であろうか。
*3『プトゥン仏教史』によれば、二人は二、三回議論を交わした末、ディグナーガが勝利したことになっている。
*4『プトゥン仏教史』によれば、この対論者は怒って口から火を吹き、ディグナーガの持ち物を全て燃やしてしまった。

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November 30, 2009

若き頃のディグナーガ

ロウォケンチェン・ソナムルンドゥプ作『学者入門釈・明処を解明する魔法の鏡』からの引用(dpal ldan sa skya pa'i gsung rab, pod drug pa, p. 498f.)。
Cf. Bu ston chos 'byung, ya 108a3ff.; Nyung gsal kun dga' p. 72ff.

  * * *

大軌範師ディグナーガの伝記。

沙弥の身分であった時に既にして五明の知識体系を万遍なくお知りになったというこの偉大なお方は〔インド〕南部の家系に生まれ、中央地域にあるナーランダー僧院に入った。そこでは概して根本部派が四派とも存在していたのであるが、彼はその中の正量部に属するクルクッラ部(*1)のもとで出家した。

同所の管長は「言語表現することのできない我(brjod du med pa'i bdag)」というものを唱え、「常住である」「無常である」などと言うことはできないけれども実在として成立したものと見なされる〔我というものの存在〕を説いた。この偉大なお方〔ディグナーガ〕はそれが妥当でないことをお見抜きになったが、直に論駁してしまうとかの〔管長〕は喜ばないであろうし、また、話をする機会も得られないであろうと懸念した。そこで軌範師〔ディグナーガ〕はご自身の住居の四方に窓を作り、家の中がきれいになるように掃除をした後、四方に大型のバターランプを四つともし、日差しの強い場所でする恰好(裸の恰好)をして座した。

その頃、管長は自身のお付きの者に
「かの新入りの僧侶はどのような振る舞いをしているか探ってきなさい」
と命じた。その者が調査した所、〔ディグナーガが家の中で〕先述のような振る舞いをしているのを知り、管長に告げた。それを管長は聞くと
「そのような者は私の前に来るように呼んできなさい。そうすれば、その意味を尋ねてやることにしよう」
と言った。

かくして軌範師〔ディグナーガ〕が管長の所に招かれると、管長は次のように仰った。
「一体、君がそのような振る舞いをして暮らしているのは薬物(?, rdzas)にでも汚染されたのか、それとも悪霊にでも取り憑かれたのか。なぜそのようなことをするのか」

それに答えて〔ディグナーガは〕仰った。
「管長先生がお教えになられたことを修習しようと試みましたが、どうしても〔実在する我というものを〕見出すことができませんでしたので、それを見てみたいのです。それ〔が見出されるか否か〕は外的な諸条件にも依存しておりますので、家が隠しているのではないかと考え、窓を作りましたが見えませんでした。照明の環境もより強力なものでなければなりませんので、バターランプでもってすれば見出せるのではないかと思ったのですが見出せませんでした。身体を覆う衣服のせいであろうかとも思い、服を脱いで座したのですが、それでも見出すことができませんでした。もっと修習に適した我というものを教えて頂くようお願いします」

このようにして教えを請うと〔管長は〕「君の心にはそれが存在する。これこれのゆえに」といった論拠を立てた。〔ディグナーガは〕「これを論駁すれば〔管長も私の方が〕正しかったとお考えになり、劣った定説を棄てるに違いない」とお考えになった。ところが、管長は理論に則った回答(rigs pa'i lan)を放棄し、
「君はこんなことも分からないようでは、信心深い施主から寄進や食事の接待を受けることもままならなくなるであろうから、僧団から出て行きなさい」
と仰り、偉大なお方〔ディグナーガ〕を追放した。

その後も管長は劣った見解や定説を棄てることができなかった。

偉大なお方〔ディグナーガ〕は南部の深い森の中に住居をこしらえた(*2)。前日に貰った粥を石版の上に撒き散らし、ご自身が托鉢に出て帰宅する間に太陽熱で温まったものをお召しになるということを繰り返しなさり、守護尊にして聖者である文殊師利〔の行〕を成就した。また、時間の合間に『因明正理門論』『刹那滅論』『証因輪論』『風論書』などの論理学書を百八作も著したことは有名である。

*1『プトゥン仏教史』は「犢子部」とする。
*2『プトゥン仏教史』によれば、ディグナーガは僧団から追放された後、ヴァスバンドゥに弟子入りし、唯識説と論理学に通暁する学者となった。タクツァン・ロツァーワは「唯識の形象虚偽派の定説をよく学んだ」とする。

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November 23, 2009

何か不愉快な個人的体験

 アスペルガー症候群という病気の名前を知ったのは、つい二、三年前のことであった。それは、ぼくが世界で一番好きなピアニスト、グレン・グールドが「近年の研究によれば、アスペルガー症候群だったのではないかという疑いが持たれている」といったような記事を読んだためである。先日、この病気について書かれた『アスペルガー症候群』(岡田尊司、幻冬舎新書)という本を読み、たしかにグールドはアスペルガー症候群に相違ないなという思いを強くした。それどころか、もしこの本に書いてある通りに従うならば、大抵の学者や、芸術家や、作家はアスペルガー症候群に分類されてしまうであろうけれど。

 アスペルガー症候群とは知的障害を伴わない自閉症のことであるらしい。作者はこの病気の様々な症例を報告する。読み所は、アスペルガー症候群と推定される幾人もの歴史上の人物に関する挿話である。この人はアスペルガー症候群なのだという前提の下に眺めるならば、たしかに色々のことが容易に説明つくようにも思われる。歴史上の人物のことも。そして、自分自身や、自分の友人や知人のことも。
 ぼくには一体どこからどこまでがほんとうの「アスペルガー症候群」なのか分からない(実際その基準は曖昧であるようだ)。けれども、この本は大切なことを明らかにしているように思う。それは、立派に自己主張ばかりするが、少しも他者の気持ちを分かることができず、つまらないことばかりに拘泥し、輝かしい成功も束の間、結局はたった独りで生きてゆくしかない人間の本性である。ぼくはこの本を精神医学の解説書としてではなく、一つの興味深い人生論として読むことができた。

 最近、興味深い本をもう一冊読んでいる。『ダライラマの外交官ドルジーエフ チベット仏教世界の20世紀』(棚瀬慈郎、岩波書店)である。ブリヤート出身のアグワン・ドルジーエフ(ངག་དབང་རྡོ་རྗེ་)はデプン・ゴマン学堂で学び、ダライ・ラマ十三世の信頼を得て外交官として活躍した。ドルジーエフの生涯を扱ったこの本の中に、英印政庁の総督を務めたカーゾンについての記述がある。以下は孫引きの引用である。

「その自意識は、独善と誤解されやすかった。力強い声は賛同者の感情をかきたてるのにも、また敵対者を批判するのにも同様の効果をもち、賞賛すべき、そして十分に練り上げられた演説と、華麗な修辞のスタイルは、友人には強い印象を残したが、批判者にはわざとらしいものと受け取られた。特別に理知的な頭脳ゆえに、その議論は徹底的で、細部にわたるものになったが、それは冗長さにも通じた。その言葉のもつ力を、嫉妬にかられた者たちは冗漫と呼んだ。」

「彼の外交問題へのアプローチは、しばしば何か不愉快な個人的体験(それは得てして、あまりにもつまらないことなので意識にものぼらない)に由来する偏見に影響されている。ダライラマと関係を結べなかったことが、そういった体験であると思わざるをえない。なぜなら彼はそれに恨みを抱き、不必要なまでにこだわったからだ。」

 前掲書『アスペルガー症候群』を読んだ後でこの記述を読むならば、誰でもこう思うだろう。カーゾンはアスペルガー症候群であったにちがいないと。そして、もしこの人がアスペルガー症候群でさえなかったら、ヤングハズバンド率いる武装使節団によるチベット人大虐殺は起こらなかったかもしれないと。

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November 14, 2009

懺悔の詩

 『普賢菩薩行願讚』の中に日本の仏教徒ならば誰でも知っている有名な詩節がある。いわゆる懺悔偈(さんげげ)のことである。

  我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡
  従身語意之所生 一切我今皆懺悔

漢訳には次のような異読もある。

  我曾所作眾罪業 皆由貪欲瞋恚癡
  由身口意亦如是 我皆陳說於一切

この詩節をBuddhist Hybrid Sanskritで書かれた原文から直訳するならば、以下のようになると思う。

  यच्च कृतं मयि पापु भवेय्या रागतु द्वेषतु मोहवशेन।

  कायतु वाच मनेन तथैव तं प्रतिदेशयमी अहु सर्वम्॥ ८॥

 「貪と瞋と癡のゆえに私は身と語と意によって罪悪を犯しました。嗚呼その全てを懺悔します。」

今ちょうど手元には、ガワンロサン・テンペーギェルツェン(1770-1845)による註釈があるので、どんなことが書いてあるか調べてみた。箇条書きでメモすることにしたい。

[罪悪をもたらす原因は何か]
貪、瞋、癡の三つ。

[罪悪をなす基盤は何か]
身、語、意の三つ。

[どのような罪悪を懺悔するのか]
1. 自分自身が犯した罪悪、性罪
2. 他者に罪悪を犯させたこと
3. 他者が犯した罪悪を随喜してしまったこと

[罪障を浄化する仕方]
1. 異熟(罪悪の果報)を畏れることを通じて後悔する
2. 以後〔同じ罪悪を繰り返さぬように〕律する
3. 帰依処(仏法僧)には罪悪の果報から守ってくれる力があると考えて信頼を寄せる
4. 罪悪に関わる三輪(行為主体、行為対象、行為)は無自性であると知る

 興味深いのは「罪障を浄化する仕方」の箇所である。少なくともガワンロサン・テンペーギェルツェンの解釈に従うならば、この詩節はただ単に懺悔(すなわち、自分の行なった罪悪を告白するというキリスト教的な意味での懺悔)のために唱えるものなのではなく、罪を浄めるために唱えるためのものである。
 罪悪を後悔し、同じ過ちを二度と繰り返さないように自らを律し、仏法僧の力を信頼し、さらに、当該の行為と行為対象と行為主体とがいずれも無自性であると覚ることにより、罪悪が浄められる。この一連の過程を思い浮かべながらこの詩節を読誦するのが、最も完璧なやり方ということになる。

 ところで、大乗仏教の経典や論書には懺悔に関する記述が少なからず存在するが、『普賢菩薩行願讚』の懺悔偈は残念ながら一番のお気に入りではない。今ぼくが選びたいベスト懺悔、それはシャーンティデーヴァの『入菩薩行論』II 35-37である。まるで文学作品のようにうつくしくて、しかも、かなしい詩であるように思う。

  प्रियाप्रियनिमित्तेन पापं कृतमनेकधा।

  सर्वमुत्सृज्य गन्तव्यमिति न ज्ञातमीदृशम्॥३५॥

 「愛しい人と憎らしい人のために〔私は〕ひとたびならず罪悪を犯してしまった。この全ての人を捨てて去らねばならないことを〔私は〕知らなかった。」

  अप्रिया न भविष्यन्ति प्रियो मे न भविष्यति।

  अहं च न भविष्यामि सर्वं च न भविष्यति॥३६॥

 「私にとって憎らしい人達はやがていなくなり、愛しい人もやがていなくなるであろう。そして、私もやがていなくなるであろう。こうして全ての人がいなくなるであろう。」

  तत्तत्स्मरणतां याति यद्यद्वस्त्वनुभूयते।

  स्वप्नानुभूतवत्सर्वं गतं न पुनरीक्ष्यते॥३७॥

 「およそ経験された事物は全て記憶の中へと去っていく。夢の中で経験された事柄のように、全ての過ぎ去ったものは決して二度とは見られない。」

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November 02, 2009

時の流れに何も望みはしない

 通常、我々は時間についてこう考えるだろう。存在とは別に時間というものがあり、存在は時間の流れの上に乗っかって昨日から今日へ、今日から明日へと移行するのだと。ニュートンの言う絶対時間とは、このような考え方であろう。
 その一方で全く別の考え方もある。すなわち、時間とは存在のことであるという考え方である。この見解に従えば、時間は具体的な個々の存在に還元されてしまうので、時間の「流れ」というものはどこにもないことになる。西洋ではニュートンの批判者であるライプニッツがそれらしきことを言っている。また、日本の大森荘蔵は「時間は流れない」ということを力説した哲学者であり、『時は流れず』という題名の本まで出ている。

 仏教の時間論は後者に一致する。最近、頼住光子著『道元―自己・時間・世界はどのように成立するのか』(NHK出版)という本を読んで知ったのだが、道元は非常にはっきりと言っている。時間とは存在のことであり、時間の流れというものはどこにもないと。

「時すでにこれ有なり、有はみな時なり」
「去来の方跡あきらかなるによりて、人これを疑著せず、疑著せざれどもしれるにあらず」

 これらは道元に固有の見解では決してなく、仏教では広く見られる考え方である。だが、仏教の時間論の本質をこれほどクリアに表現し、なおかつそれを前面に押し出した思想家というのは、そう多くいるものではない。
 まず「時すでにこれ有なり、有はみな時なり」という文言は、時間が存在に内在すること、存在を離れて時間があるのではないことを意味する。これに類似する記述ならインド仏教にもある。例えばアサンガの『大乗阿毘達磨集論』、ヴァスバンドゥの『阿毘達磨倶舎論釈』、バーヴィヴェーカの『般若灯論』などである。
 しかし、どういう理由からか、彼らインドの仏教思想家達は時間の非実在性について大々的に記すことをしていない。まるで「皆さん既にご承知でしょうけど」といった具合に、ごくあっさりと記述するのみである。ましてや、それを論証したり、反対者の意見を批判することなどしていない。なぜ彼らは時間の非実在性を前面に押し出して議論することをしなかったのか。これは自分が博士論文を作成していた頃からの疑問であり、未だに回答は見つかっていない。

 では、後者の「去来の方跡あきらかなるによりて、人これを疑著せず、疑著せざれどもしれるにあらず」という文言についてはどうであろうか。これが意味するのは「人々は時間の流れというものを想定してしまうが、そのようなものはどこにもない」ということである。もし自分の理解が正しければ、「時間は流れない」というのは、説一切有部を除く仏教徒の時間論に特徴的な考え方である。そして、それは経量部による「三世実有説」批判の中に示唆されているように思うのである。例えばジターリの『善逝本分別』に「三つの時間に従って継起するものはない」という句がある。この句をジターリは自註で次のように説明する。

ཅི་འདི་དག་གི་ལྟར་ན་ཐམས་ཅད་ཡོད་པར་སྨྲ་བ་རྣམས་ཀྱི་ཆོས་མ་འོངས་པའི་དུས་ནས་འཕོས་ནས་ད་ལྟར་གྱི་དུས་སུ་འོང་ལ་ད་ལྟར་ནས་འདས་པར་རོ་ཞེས་རྣམ་པར་འཇོག་པ་ལྟ་བུ་ཡིན་ནམ། མ་ཡིན་ཏེ།
     དུས་གསུམ་རྗེས་སུ་འཇུག་པ་མེད། །
མ་འོངས་པ་ལ་སོགས་པ་ནི་དུས་གསུམ་ཡིན་ལ། དེའི་རྗེས་སུ་འཇུག་པ་སྟེ། དངོས་པོ་རྣམས་རྗེས་སུ་འགྲོ་བ་དེ་དག་གི་ལྟར་ན་ཡོད་པ་མ་ཡིན་ཏེ། སྐད་ཅིག་མར་འཇིག་པས་དངོས་པོ་ཐམས་ཅད་ལ་ཁྱབ་པའི་ཕྱིར་དང་། དུས་སུ་འཕོ་བ་མེད་པའི་ཕྱིར་རོ། །
(sDe dge ed. dBu ma A 40a4f.)
(問:)説一切有部の者達にとってダルマは未来時から移行して現在時に至り、現在から過去へと〔至る〕と規定されるのであるが、果たしてこの〔経量部の〕者達にとってもその通りであろうか。 (答:)そうではない。
  「三つの時間に従って継起するものはない。」
未来をはじめとするものが「三つの時間」である。それに従って起こること、すなわち、諸事物が〔三つの時間に〕後続するようなことは、この〔経量部の〕者達の考える通りに従えばあり得ない。なぜなら、諸事物は刹那滅ということによって遍充されているからであり、〔同一のダルマが三つの〕時間にわたって移行することはないからである。

 ジャムヤンシェーパは『定説大論』の経量部章でこの句を含む一連の詩節を、幾つかの異本と共に引用している。その一連の詩節に関してはモンゴル出身の学者ペルデン・チュージェによる説明があり、彼は上の箇所を次のように説明する。

དངོས་པོ་གཞན་ཞིག་སྐྱེས་ཟིན་སླར་དགག་པ་ནི་འདས་པ་དང་། དངོས་པོ་གཞན་ཞིག་སྐྱེ་བའི་རྒྱུ་ཡོད་ཀྱང་རྐྱེན་མ་ཚང་བའི་དབང་གིས་ཡུལ་དུས་འགའ་ཞིག་ཏུ་རེ་ཞིག་མ་སྐྱེས་པའི་ཆ་ནི་མ་འོངས་པ་དང་། སྐྱེས་ལ་མ་དགག་པ་ནི་ད་ལྟར་བ་ཞེས་འཇོག་དགོས་ཀྱི། བྱེ་སྨྲ་ལྟར་མ་འོངས་པ་ནས་ད་ལྟར་བ་དང་ད་ལྟར་བ་ནས་འདས་པར་འཕོ་བ་མེད་ཅེས་སྟོན་པར། དུས་གསུམ་རྗེས་སུ་འགྲོ་བའང་མེད། ཅེས་གསུངས་ཤིང་། (Blo gsal gces nor, 62a1ff.)
何らかの他の事物が既に生起している〔ことにより〕再び停止させられた状態が「過去」であり、何らかの他の事物が生起する原因はあるけれども未だ条件が充たされていないがために特定の場所、時間において暫時的に未だ生起していない状態が「未来」であり、既に生起しており未だ停止させられていないものが「現在」である。このようにして〔三つの時間を〕立てなければならないのであって、毘婆沙師の言うように、未来から現在へ、現在から過去へと移行するようなものはないのである。このことを説示して「三つの時間に後続するものはない」と説かれている。

 三世実有説によれば、諸々のダルマは自己同一性を保持しつつ、未来から現在へ、現在から過去へと移行する。ちょうど映写機のリールのように。ジターリやペルデン・チュージェの説明は、そうしたダルマの自己同一性を否定していると読むこともできるが、それと同時に、時間の流れというものを否定しているように読めなくもない。ある同一物が未来から現在、現在から過去へと移行することはないとするならば、結局、現に生起してあるのは現在のみであり、未来、現在、過去に連続性はなく非連続であることになる。つまり、経量部の考え方では、三つの時間は「ばらばら」に存在しており、どこにも「時の流れ」などないのである。

 ところで、上記の『道元―自己・時間・世界はどのように成立するのか』という本はとても面白く、目から鱗が落ちる気がした。あまりゲルク派の文献ばかり読んでいると、仏教には道元のような柔軟な発想や、驚異的な言語戦略があり得ることを忘れがちになる。

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September 22, 2009

ものごとの真相

 先日ロサン・プンツォ師に「ものごと」という日本語の意味を訊かれた。お分かりのように「ものごと」という言葉のニュアンスをチベット語で過不足なく表現するのは至難の技である。これはもともと自分自身が疑問に思っていたことの一つでもあったので、かねてからの疑問をぶつける丁度良い機会だと思った。
 チベット語には གནས་སྐབས། གནས་སྟངས། གནས་ཚུལ། といった言葉がある。日本語の「ものごと」はおおよそこれらのチベット語で言い表されると思うが、果たして本当にそれで正確な訳になるだろうか。
 折しもノートパソコンを開けていたので、早速電子辞書ビューアで「ものごと」を検索してみる。すると、『大辞林』には「物と事。一切の有形・無形の事柄。いろいろの事」とある。そうか、「ものごと」とは「もの」と「こと」なんだな。「もの」はチベット語で དངོས་པོ་ もしくは ཅ་ལག་ である。これはまず簡単に言える。では、「こと」をチベット語で何と言えばよいのだろうか。ぼくは説明を試みた。

 例えば、チベット語 དཀར་པོ་ は「白いもの」と「白さ/白いこと」の両方を指し得る(これはチベット語に限らず、サンスクリット語や漢文やギリシア語にも見られる現象である)。白馬(རྟ་དཀར་པོ་)も དཀར་པོ་ であるし、その馬が持っている白さ(དཀར་པོ་ཡིན་པའི་ཆ་)も དཀར་པོ་ である。日本語では前者を「もの」と言い、後者を「こと」と言う。そして、「もの」と「こと」を二つ併せて「ものごと」と言う(མོ་ནོ་ དང་ ཁོ་ཏོ་ གཉིས་ཀ་བསྡོམས་ནས་ མོ་ནོ་རྒོ་ཏོ ཞེས་ཟེར་)。おおよそこのように言ったつもりであるが、果たしてロサン・プンツォ師に「ものごと」の真相が伝わったかどうかは我ながら疑問である。
 また、日本語では例えば「ものごとには限度がある」などと言ったりする。ロサン・プンツォ師にもこの例文の意味を説明してみたのだが、このような例文では逆に混乱を招くばかりであっただろう。申しわけないことをした。

 ところで、ゲルク派の僧院で学ばれる有名な議論に「白馬は白にあらず」というものがある。公孫竜の「白馬非馬」ならぬ「白馬非白」である。

ཁ་ཅིག་ན་རེ། རྟ་དཀར་པོ་ཆོས་ཅན། ཁ་དོག་ཡིན་པར་ཐལ། རྩ་བའི་ཁ་དོག་བཞི་པོ་གང་རུང་ཡིན་པའི་ཕྱིར། མ་གྲུབ་ན། རྟ་དཀར་པོ་ཆོས་ཅན། རྩ་བའི་ཁ་དོག་བཞི་བོ་གང་རུང་ཡིན་པར་ཐལ། དཀར་པོ་ཡིན་པའི་ཕྱིར། མ་གྲུབ་ན། རྟ་དཀར་པོ་ཆོས་ཅན། དཀར་པོ་ཡིན་པར་ཐལ། ཁྱོད་རྟ་དཀར་པོ་ཡིན་པའི་ཕྱིར་ཟེར་ན་མ་ཁྱབ། རྩ་བར་འདོད་ན། རྟ་དཀར་པོ་ཆོས་ཅན། དཀར་པོ་མ་ཡིན་པར་ཐལ། ཁ་དོག་མ་ཡིན་པའི་ཕྱིར། མ་གྲུབ་ན། རྟ་དཀར་པོ་ཆོས་ཅན། ཁ་དོག་མ་ཡིན་པར་ཐལ། གཟུགས་མ་ཡིན་པའི་ཕྱིར། མ་གྲུབ་ན། རྟ་དཀར་པོ་ཆོས་ཅན། གཟུགས་མ་ཡིན་པར་ཐལ། གང་ཟག་ཡིན་པའི་ཕྱིར། མ་གྲུབ་ན། རྟ་དཀར་པོ་ཆོས་ཅན། གང་ཟག་ཡིན་པར་ཐལ། རྟ་ཡིན་པའི་ཕྱིར།

 この記述が意味するのは次のことである。ある人が「白馬は白い」と言うとする。もし仮に白馬は白であるとするならば、白馬は色彩であることになる。なぜなら、白馬は白であり、その白は色彩の一種だからである。しかし、白馬は色彩ではない。白馬は色彩というカテゴリーに属するものではなく、生物(プドガラ、有情)という別のカテゴリーに属するものなのだから。
 要するに、これはチベット語 དཀར་པོ་ が「白いもの」と「白さ」の両方を指し得ることを巧みに利用した議論である。この話の面白みを日本語で伝えることは困難である。というのも、日本語で「白馬は白い」とは言えるが、「白馬は白さである」ということはまずあり得ないからである。རྟ་དཀར་པོ་དཀར་པོ་ཡིན། を「白馬は白さである」と翻訳した時点で、その言明が偽であることは誰の目にも自明となってしまい、なぜそれが問題となるのかが読者には分かりにくくなってしまう。例えて言えば、正確に翻訳するということは、答えがバレバレのクイズを出題することにもつながり得るのである。チベット語で書かれた僧院教科書を日本語に翻訳することがしばしば意味をなさない理由の一つはここにある。

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August 29, 2009

チベット仏教研究の可能性を探る

「チベット仏教研究の可能性を探る」

 日本印度学仏教学会第60回学術大会
 日時:2009年9月9日 13時30分〜16時
 場所:大谷大学1号館2階 1204番教室

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